中川繁夫の寫眞と文章

中川繁夫の寫眞と文章。撮影被写体は釜ヶ崎、白虎社、京都、撮影期間は1978.9~1984.3です。

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中川繁夫のホームページ
いまはスマートフォンのカメラ機能を使って、写真を撮ることが多くなりました。
撮った写真を公開するのも、あたりまえに、簡単に、公開できるようになりました。
このように言うと、かってフィルムだったとか、展覧会に出したとかの話になります。
これは過去をいっぱい知っているからで、若い人は、そんなこと関係なく、写真を撮る。
今を撮る、というのは撮る人の感覚、とか思い、を表現することで、記憶に基づきます。
感動する、というのも、きっと記憶が呼び覚まされてきて、心が動くんでしょうね。
自分が感動したからといっても、他者が感動するかどうかはわからない。
感動を共有するのが、写真を介在させることの目的なら、そこには共通の記憶が存在。
ここらあたりが、写真を撮って、写真で表現する、というヒントがありそうですね。
といいながら、載せた写真は、まったくぼくのひとりよがりな記憶に頼った写真です。
写真は、浅野川大橋から見た卯辰山、手前にはひがし茶屋街がある処です、金沢。
<はな>と<小説>のホームページ

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中川繁夫のホームページ
金沢の街を歩いていたら、むしょうに文学のことが気にかかってきました。
秋声とか、鏡花とか、もう古い人なのに、この界隈ではまだ話題の小説家ですね。
ぼくが十代の終わりごろ、よく読んだのは室生犀星でしたが、性に目覚める頃。
なんとなく、そのタイトルには、強く惹かれた記憶がよみがえってきます。
いちおう、全部とはいえませんが、文学史上の小説家のことを学びました。
自然主義とかプロレタリアとかありますが、近年は耽美派、耽美主義ですね。
若いころにも、研究のための自然主義、プロレタリア文学は学びましたが。
そうですね、無頼派もさることながら耽美派に興味を惹かれていたような。
三島とか谷崎とか、特に三島については、50代になってかなり読みました。
フランス文庫はかなり読みましたし、河出書房文庫も読みましたけど・・・・。




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中川繁夫のホームページ
今年に入って、再び、太秦、嵯峨野一帯をカメラに収めるべく、歩き回っております。
先っ飛鳥、奈良飛鳥、それから平城京、長岡京、平安京、日本文化の時代流れですね。
細かくいえば、そのほかにも近江とかいろいろあろうかと思いますが、です。
もう半世紀もまえ、古代史に興味があって、日本史にのめりこんだこともありました。
最近になって、貧乏だけど自由の身となったので、好きなことができるようになりました。
書くことは色艶のあるフィクション、撮ることは色艶のない古墳とか史蹟とか、です。
色艶がないとはいっても、赤、紅、緑や茶色のなかに、紅の鳥居や紐などがあります。
ぼくの歴史観は、侘び寂び というより、色艶のほうで、文化として興味あります。
禁欲よりも好色のほうが人間らしいと思えるからです。
でも、日本の文化というのは、禁欲、抑制、抑える抑える、この方が主流ですね、たぶん。
ぱ~~っと解放されるようなところがないんじゃないか、と思います。
とはいいながら、水面下、タブーであった世界が、いま、顕在化してきていますね。
浮世絵の春画もそうですが、セックス領域がかなり開放されてきています。
まあ、こんなこと書いてたら、おまえは何者だ、なんて思われるから、ここまでです。
フォトハウス表現塾HP

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