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 数年前から。フィルムで撮った写真をデジタルデーターにするために、スキャンしているところです。写真人生なんて言葉があるとすれば、自分の人生をそのように言い当てることも可能かと思っています。でも、実際に、自分の過去を振り返ってみて、十代のころから文章を書くことに意味を見出していたことを思うと、むしろ文学人生という方がいいかもしれない、と自分では思っているところです。でも、そういう〇〇人生なんていう言い方は妥当ではないと考えます。揺れ動きます。心の関心事とか、心の在り方とか、揺れ動きながら時の中で行ったり来たり、立ち往生したり前へ進んだり、後退したり、そういうことを繰り返しながら、年月を経過させてしまうのです。もはや古希という年代に入ってしまって、けっこううろたえてしまって、年甲斐もなく若さぶって、ことをなそうとしている。この自伝だって、自己顕示欲の一環で、自画像、読む自画像、だといえます。

 スキャンしているフィルムの中で、ここに載せた一枚の写真があります。特別に、ぼくと関係があった人かというと、そうではなくて、この物語は達栄作さんの関連で、達さんといっしょに撮影した高校生のふたり。場所は、余呉湖の湖畔、1977年の夏、だったかと思われます。女子の名前は伸子、男子の名前はわからない。この伸子さんの男友だちで、モデルになって撮影した男女です。ぼくは達さんの助手として、余呉湖撮影に同伴したものでした。写真に撮るテーマとか、いやはやテーマを決めて写真を撮る、というそのことが、わからなかった頃です。小説を書こうとしていた。でも、そのことが気持ち的にできなくなってきて、日常生活のなかに家族の写真を撮る、ということから関わりだした写真との関係です。年齢としては20代の終わりごろです。見よう見まねで、撮影に連れて行ってもらって、そこで撮る。撮ったものを例会の場で並べて、意見を聞く。そのうち、その写真に順位がつけられ、ほかの人が撮った写真と比べられる。