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-1- 2020.1.4
カメラを持ちだしたのは小学校6年。覚えているのは伊勢への修学旅行。コンパクトな玩具カメラを持っていて、五十鈴川とか二見ヶ浦とかで、写真を撮ったのを覚えております。中学生になって、これもコンパクトカメラでフィルムは8ミリ、という今のスマホみたいなタイプのカメラでした。近くに松永という写真屋さんがあって、現像と焼き付けをしてもらっていて、フィルムをカメラに詰めてもらうようになりました。

父がブロニーサイズのカメラを持っていて、家族の記念写真などは父のカメラでした。千本出水あたりにコロナ写真機店があって、父がそこを利用していて、何度かその店へいったことがあります。ブロニー判で写真を撮るようになったのは高校一年生で、クラス写真とか、今でいえばスマホで撮ってあげて、遊ぶ、感覚だったと思えます。

そのころ、中学生になっていたころ、京都新聞の夕刊に、フォトコンテストの入選写真が掲載されていました。たぶん月に一回だったと思いますが、その写真を見ていた記憶があります。たしか松尾文治という名前がありました、中川敦夫という名前がありました。スナップ写真、運動会の写真とか、ですね、面白く観ていました。家族や旅行以外で写真を撮るときの被写体を、学んでいたように思います。