中川繁夫の寫眞と文章

中川繁夫の寫眞帖ブログ、撮影被写体は釜ヶ崎、白虎社、京都、撮影期間は1978.9~1984.3です。

2017年06月

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 1979年12月に京都の聖家族という飲み屋で「ドキュメント釜ヶ崎」のタイトルで、個展を開きました。たぶん、この個展開催がターニングポイントになったように思います。というのも、このとき稲垣浩釜日労委員長を呼んで座談会を開催したのです。当時は、プレイガイドジャーナル誌が関西の情報誌として若い世代に読まれていて、ここにイベント情報として掲載されたのです。事前申込制でしたが、当日、テレビモアというビデオグループの取材を受けるということになりました。岡崎純さんと瀬川恵美さん、この二人に知り合ったのは、このとき、テレビモアを結成していて、座談会を取材してくれたからでした。
「わたし、釜ヶ崎で、ビデオ作品を作っています、ぜひ、見てほしいです」
取材のあと瀬川さんの申し出で、年が明け、1980年の初めに、テレビモアの事務所兼住居を訪れます。

 ところで、個展を開催した聖家族という飲み屋のことを、少し記しておこうと思います。というのも、ぼくにとっては貴重な場であり、のちに「カフェ&プレス」のイメージ原点としてあるからです。京都河原町、丸善ビルの裏にあたる路地に、その「聖家族」がありました。聖家族とはバイブルに出てくる名称で、堀辰雄の小説にもあったから、名前に親しみをおぼえます。当時の文化の潮流でヒッピー文化という枠で語られることがありますが、この飲み屋「聖家族」は、その文化を体現するかのような場所でした。釜ヶ崎つながりから、聖家族を知り、主宰者の石山さんと懇意になり、ここで写真展を開くことになり、続けて「リトルギャラリー聖家族」として、昼間の空き時間にギャラリー機能を持たせました。写真の世界で、東京では1976年ころから自主ギャラリー運動が起こっていて、それの関西版とでもいうような枠組みを試みたのです。実際には半年ほど運営できました。1980年2月から8月まで。いくつかの写真展とビデオ上映などのイベントが組まれました。月刊の聖家族通信を、ぼくの手元で発行しました。(続く)


 

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