中川繁夫の寫眞と文章

中川繁夫の寫眞と文章。撮影被写体は釜ヶ崎、白虎社、京都、撮影期間は1978.9~1984.3です。

カテゴリ: 日々

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中川繁夫のホームページ
今年に入って、再び、太秦、嵯峨野一帯をカメラに収めるべく、歩き回っております。
先っ飛鳥、奈良飛鳥、それから平城京、長岡京、平安京、日本文化の時代流れですね。
細かくいえば、そのほかにも近江とかいろいろあろうかと思いますが、です。
もう半世紀もまえ、古代史に興味があって、日本史にのめりこんだこともありました。
最近になって、貧乏だけど自由の身となったので、好きなことができるようになりました。
書くことは色艶のあるフィクション、撮ることは色艶のない古墳とか史蹟とか、です。
色艶がないとはいっても、赤、紅、緑や茶色のなかに、紅の鳥居や紐などがあります。
ぼくの歴史観は、侘び寂び というより、色艶のほうで、文化として興味あります。
禁欲よりも好色のほうが人間らしいと思えるからです。
でも、日本の文化というのは、禁欲、抑制、抑える抑える、この方が主流ですね、たぶん。
ぱ~~っと解放されるようなところがないんじゃないか、と思います。
とはいいながら、水面下、タブーであった世界が、いま、顕在化してきていますね。
浮世絵の春画もそうですが、セックス領域がかなり開放されてきています。
まあ、こんなこと書いてたら、おまえは何者だ、なんて思われるから、ここまでです。
フォトハウス表現塾HP

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長岡京の跡地を訪ねて、初めての旅、というほどでもない小旅行でした。
阪急西向日駅から大極殿跡地まではすぐ、とグーグルマップが教えてくれていました。
公園になっている跡地で写真を撮った後、向日神社があって、参道を昇っていきました。
本殿のまわりに祠がいくつもあり、元稲荷神社があり、その向こうに古墳がありました。
初めてなので、地理の要領がわからなくて、何度もグーグルマップに頼ります。
歩きスマホはダメ、ええ、歩いて見てると見えなくなるので、立ち止まっては確認。
別の古墳にも行きついて、降りてきたら東向日駅が近かった。
次には、東向日駅から北方面へいけばいいのか、と思うところです。
平城京から、この地、長岡京で10年間、都が置かれたということですね。
それからが平安京ということになりますが、古墳はそれ以前です。
ぼくの古代探索は、まだまだ、次から次へ、面として拡大していきます。
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立春が過ぎたのに寒い日になっています。
載せた写真は、先日、老夫婦と孫ひとりが居酒屋で食べた牡蠣フライ。
二十歳になる男子で大学生、初めて三人での居酒屋で食べたのです。
家族で、誕生会とかするけれど、全員揃うと11人となり、多人数です。
家族のことはプライベートなので、ほぼ記事にはしていません。
ただし、自分のことは、現代の表現テーマだから、多用していていますが。

さて、三連休で、明後日が建国記念の日、橿原へ行こうかと思っていました。
現在、行くか行かないか、迷い中です。
畝傍山へもう一度登って、山腹の神社を写真に収めたいからです。
何年か前に、何十年ぶり、この建国記念の日に、撮影にいきました。
光影会の撮影会に同席させてもらって、沢山の参拝者を撮りました。
いま、人物写真はほぼ撮っていないので、その光景を撮るつもりはありません。
纏向へも行きたいと、文字さんにメールしたところです。
古代、日本生成のころのイメージを追って、写真を撮っているところです。

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寒い日、雪が降ったり止んだり、寒い日でした。
安楽寺天満宮という社があって、訪ねてみました。
うろ覚えで、どこだったか、大体の見当をつけてぐるぐると。
ひところ、京都取材のときに巡った地域です。
地名がわからないのですが、達磨寺が近くにありまsた。
どうしたわけか、気になって、探していきました。
その後には、アスニーへ行って、平安京の地図を見に行きました。
ただいま、屋根に、雪が積もっています。



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京都の三山、吉田山、舟岡山、双ヶ岡、この三つの山が、大和三山と符合する。
そのように思って、今年に入って、順次、山に登ってみて、写真にしています。
昨日は双ヶ岡へ、丸太町通りからの登り口でゆらゆらと登っていきました。
何してるんやろ、と根本のところの疑問符が、起こってきます。
自問自答するというより、自問自問、問うばかりで答えは導けないですね。
古墳があるんですよ、それを探しに登って行った、こういえば意味が通じます。
三の丘に古墳群がある、といういうけれど、何処にあるのかわかりません。
立て看板があって、古墳群の説明があって、写真を撮ったけど、?。
一の丘の古墳は、探すことができました。
何度も登っているけれど、古墳を確認したのは初めてです。
見晴らしのいい場所に、その石室になる大きな石がありました。
音戸山のむこうに嵯峨野がひろがり、はるかに愛宕山も見えました。
古代、ロマンのイメージを思い描くところでした。

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嵯峨野巡りの起点はここ野宮神社ということになるのかも知れません。
今日はここへ来ることは想定していなくて、ある天皇陵を撮りに行ったわけです。
狐につままれたみたいな感覚で、その天皇陵を探すことができません。
スマホで、グーグルマップで、探したけれど、見つかりません。
でも、別の天皇陵の在り場所がわかって、探し探ししながら、探しました。
結局、天竜寺の敷地の中みたいな墓地になるあたりに天皇陵がありました。
なんだか、それだけを探している自分を滑稽に思えながらでした。
探せなかった天皇陵は、また後日、探しにいくことにします。

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