中川繁夫の寫眞と文章

中川繁夫の寫眞と文章。撮影被写体は釜ヶ崎、白虎社、京都、撮影期間は1978.9~1984.3です。

カテゴリ: フォトハウス

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2013.10.23の記事が、このブログの最初でした。
そのときのタイトルが「フォトハウスです」でした。
それから丸四年近くが過ぎて今、あらためてフォトハウスがぼくのなかで浮上しています。
そのときには京都写真学校の情報を掲載します、と書いています。
今、あらためていうと、フォトハウス表現研究所をつくりました、ということです。
フォトハウス表現研究所は、フォトハウス表現塾を主宰します。
フォトハウス表現塾は、絵画、写真、映像、音楽、文章の五つのジャンルを軸にします。
古典的なジャンル分けですが、内容はコンテンポラリー、現在的なものにします。
フォトハウス表現塾の開塾は、2017年10月21日(土)と決めました。
プレ開塾との位置づけで、コアメンバーをそろえたいと思うところです。
開塾場所は、兵庫県の尼崎市、杉あつよさんが主宰されているスペース「アルナイル」です。
まだ、来年春には、フォトハウス表現塾/写真、を京都で開塾の手配をしはじめています。
京都市北区のアマノコーヒーロースターズの店舗の一角で、開塾の予定です。
理想を求めて、その理想を得るための場として、生成していけばいいなと思います。
只今、フォトハウス表現塾のコアメンバーを募集中です。

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<フォトハウスの歴史>-1-
 1984年11月、<写真舎「PHOTO HOUSE」設立のご案内>という文書を発出して、関係各方面へ郵送したことから公になったフォトハウスです。京都新聞に記事で紹介されたのが翌年1985年1月17日付でした。
 「現代写真のレベルアップと写真家育成をめざした新しい組織づくりが、京都のアマチュアカメラマンらの手で進められている。名付けて「フォトハウス(写真舎)」。写真塾の開講や批評誌の発行、シンポジウムの企画から写真作品の販売まで手がける計画で、カメラマンはもちろん、ジャンルを超えた人たちも加えて活動する考えだ。19日夕には、幅広い人たちに参加を呼びかけ、事務局づくりがスタートする。」
 こうして京都新聞に記事を掲載していただけて、新聞記事を読まれた人たち、その時の光景を思い出すと十数名の方がおられたと思えますが、会場となった「まつもと設計事務所」に集まりました。会場としてお借りした場所の経営者、松本健氏の支援と協力で、開催にいたったところでした。
 このフォトハウス構想は、それに先立つ季刊雑誌「映像情報」を発行していくなかで、イメージとして明確になったことで、東松照明さんとのセッションで、しだいに明確化されてきて、組織図と文章になったものです。松本健さんを知るのは、野口賢一郎さんを通じででした。結局、新聞記事を見てお集まりになった方々が、事務局メンバーになられることはなく、もう寒くなっていた時の集まりは、そこかの喫茶店がミーティング場でしたが、出席者ゼロという惨たる結果となってしまいました。
 「フォトハウス構想」を図式化し、文章化して、最初に見て読んでもらったのは東松照明さんでした。時期尚早、というのが東松さんの見識でした。実現するとしても資本のあるところに真似られる、とも分析されたのでした。今、思うと、最初、数か月で惨たる結果となったことを思いだすと、話がかみ合わなかったことが、わかります。理解されない、それではいけないのだけれど、現状に存在しないから、理解してもらえない。そういうことだったのだ、と思えます。
(続く)



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<フォトハウスの歴史>-2-
 前回ではフォトハウスの企画を文書にして関係各人へ郵送したところから記しましたが、そこへ至る前史としていることを記しておこうと思います。><写真舎「PHOTO HOUSE]からの御案内>(1984.11.15)の郵送した文の中に、その経緯を書いており、企画内容にもふれているので、それを転載します。
 
<かねてから、世界にはばたいていけるイメージ都市<京都>において、現代写真の質を定着させるべく、また現代写真の質を具現化する人材の輩出に向けて、そのバックグラウンド創りとして幾多の方法を考えてまいりました。
 たとえば「図書館に写真集を!」運動(1982.6)や、「フォトシンポジウム・京都」の開催(1981.11~)、また写真批評誌「映像情報」の発刊(1980.8~)等々。そして現在1984.11、なによりもそれら写真をめぐる潮流の意をくみとり、今後も引き続き、より発展的にそれらを総括し、新たなる写真をめざして、実践していける母体創出の必要を痛感してきたところです。
 そこで私たちは、写真という表現形態を持って、個々が一層主体的にかかわって、よりすぐれた写真活動のできる土壌を創っていく母体として、機能していけるシステムの創出を基本とした、写真舎「PHOTO HOUSE」の設立をもくろみ、ここにその準備会が発足しました。
 具体的には、次のような企画と形態を考えています。
1、フォトワークショップの開講
2、フォトシンポジウムの開催
3、写真展などの開催
4、写真批評誌の発行
5、写真集など単行本の刊行
6、その他、営業に関する企画
(中略)
皆様のより豊かな創造で、積極的な参加を期待しています。>


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<フォトハウスの歴史>-3-
1986年1月に制作した「フォトハウス86年以降の展望」という文書があるので書き写したいと思います。
※フォトハウスの将来的展望(1)
1、拠点の構築について
 フォトハウスは構築物としての拠点(たとえば学校、研究所といったその場所で完結する関係の建築)は持たないことを、当面の戦略としていますが、最小限の「場」は必要です。すでにフォトハウスワークショップの「開講場所」として京都市北部の静原に「京都静原教場」を設定しており、具体的に講座を開講しているところです。
 こういった拠点を構築し、それぞれが有機的に結合したなかで新しい芸術(写真)活動の波を起こしていこうとしているところです。
 都市の中にあって開かれた構造を持つ、あたかもアメーバーのように自由に変形しうる総合的な研究うから、商品流通までトータルシステムとして、各々のポジションを構築していかなければならないと考えます。
 フォトハウスが包括する形態は大きく分類して三方向に発展していきます。将来、その各々について拠点が必要になります。もちろんここでいう拠点とは、一か所をのみ限定する具体的なスペースを持った「場」ということではなく、概念上の拠点として解釈してください。こうした概念上の拠点が明確にされることによって、具体的なスペースを持った「場」が設営され、それも複数が可能となると思われます。複数の「場」がそれぞれに独立し、独自の展開を発展的に行っていける。そのような構造を模索しています。ですから地方・地域戦略としての複数で、本社ー支社といった関係ではありません、念のため。

(1)研究に関する拠点
(2)研究成果発表に関する拠点
(3)研究成果流通に関する拠点

 フォトハウスでは、このような方向を持った三拠点を理念的に構想しています。また、これらに具体的な形態(システム)を持たせ、各々の拠点に経営的にも完結する構築を整備する中で、作家の自立による現代芸術(写真)のより発展的な展開とその周辺の整備を行っていきます。
(続く)

※掲載写真は1985年のフォトハウスWS風景から、です。




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※掲載写真は1985年のフォトハウスWS風景から、です。
<フォトハウスの歴史>-4-

(1)研究に関する拠点
 ・フォトハウスワークショップ等の講座開講。
 ※講座内容は複製技術の芸術制作とその周辺
 ・フォトハウスシンポジュームの開催
 ※年一回程度、企画展などと併設
 ※時期に即して各ジャンル総合のシンポジュームを開催
 ・フォトハウス企画展等の開催
 ※時期に即した企画展を開催
 ※講座生の発表、個展、合同展
:各年のそれぞれの企画原案はフォトハウス運営委員によって提起される。
:各年のそれぞれの企画はフォトハウス事務局によって立案される。
:各年のそれぞれの企画はフォトハウス研究講座事務局によって実施される。

(2)研究成果発表に関する拠点
 ・写真批評誌等の定期刊行
 ・写真集の単行本の刊行
:各年のそれぞれの企画原案は運営委員によって提起され、事務局によって立案され、フォトハウス出版局によって発行される。

(3)研究成果流通に関する拠点
 ・フォトハウスギャラリーの開設
 ※ギャラリー部門
 ※完成作品販売部門
 ※機材、制作材料等、販売斡旋部門
 ※印刷斡旋、トータルプランニング請負など営業部門
 ※フォトハウス・データベース部門
:それぞれの企画原案は運営委員によって提起され、事務局によって立案され、フォトハウス業務企画局によって運営される。

 以上のような三拠点を各々に構築し、独自の方法で、時代に即した展開を成すことによって、総合的な芸術活動の推進母体と成っていくことを展望します。
 また、これらをより有機的に結合させたシステムとして、「フォトハウス写真研究機構」を創出していかなければなりません。
 ※フォトハウスの将来的展望(2)を参照


 

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